やっかいな価値観は、日本経済の動脈である銀行にもしっかり根づいている。日本企業から外資系コンサルティング会社に転職した知人は、マンション購入のためのローン申し込みを銀行に断られた。理由は、「その外資系企業の社員平均勤続年数が短いから」だそうだ(ちなみに、そういった平均勤続年数の短い外資系企業のなかには、賃貸物件を会社契約で借りたうえで、従業員に住まわせるところも珍しくない。従業員個人では賃貸契約すら結べないケースがあるためだ)。
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その一方で、入社三年目にして同じ銀行から三五年ローンを認めてもらった別の知人もいる。ちなみに後者の年収は、前者の五分の一にも満たない。このことから見えてくるのは、少なくともお金の絡むビジネスにおいては、社会的に知名度のある大企業に、それも長期間継続して勤務しているほうがずっと高く評価されるということだ。たとえこちらが利用する客の立場であっても、この点は変わらない。まあ銀行にしても、自営業や平均勤続年数が三年しかないような会社の社員に何千万円も融資するのは腰が引けるのだろう。ただ、少し考えてみれば、そんなことに大して意味がないことはすぐにわかる。たとえば、確定申告で二〇〇〇万円以上申告する人間のほとんどは自営業者だ。ごくたまにサラリーマンもいないではないが、そんな人はきまって横文字社名の外資系企業、それも勤続年数の短い業種(銀行が融資したがらないタイプだ)に勤務している。一方の日の丸サラリーマンの平均年収は四〇歳で五〇〇万円程度。その九九パーセントが、確定申告とは生涯無縁のまま定年を迎える。ゴールデンでCMを何本流そうが、時価総額が何兆円あろうが、そんなことは社員の幸福とはなんの関係もない。つまり、属する組織の規模で個人の価値を判断することには、なんの合理性もないのだ。